第六の絶滅

Die Wahrheit ist irgendwo da draußen.

Wake Up, Girls!という物語 ~ ステージ演出を中心に

 『Wake Up, Girls!』がひとまずの大団円を迎えた。今年公開された続・劇場版 前後篇『青春の影』『Beyond the Bottom』は、『七人のアイドル』からシリーズを追いかけて来た者にとって、非常に満足のいく映画だったのではないかと思う。

 昨今隆盛をきわめるアイドルアニメにおいて肝と言えるステージ演出を中心に、映画『Wake Up, Girls!』の足跡を追っていきたい。完全にネタバレ。

 

■七人のアイドル

 一作目『七人のアイドル』はWUGの結成から初舞台まで、七人の少女たちがアイドルになるという目標のスタートラインに立つまでを描いた映画だ。ただでさえあんまりリソースが足りていなさそうなのに加えてTVシリーズとの同時進行というきつそうなスケジュールも災いしてか、劇場作品としては作画的に少々厳しめの箇所も見受けられるが、基本は「アイドル未満の少女」を描くという一本のテーマが通った作品だ。しかし、新人声優ユニットのプロデュース、被災地応援という表向きの姿の裏では「アイドルは異性にとってのポルノでもある」という一つの側面を突きつける、きわめて露悪的な意図の演出もかなり露骨に為されており、そういった意味では三作の中で最も山本監督らしい映画とも言える。

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 松田マネージャーと島田真夢の騎乗位、丹下社長の「あんたたち処女?」発言、ユニット名がラブホテルと同じ、そして初舞台『タチアガレ!』。このステージシーンは放送当時「下品」「パンツ見せたいだけ」など散々言われていた記憶があるが、パンツが見えるのには重要な意味があるのは明白であり、下品なのは意図して下品なことをやっているのだから当然だ。衣装もなく学校制服のままでスタージに立つのは彼女たちが未だアイドルではないからだし、本来見えてはいけない生パンツが見えるのもアイドルではないからだ。これから先、本当にアイドルになれるのかもわからない、最初で最後のステージになるかもしれないという状況の中で、今の自分たちの全部をぶつけるという気概のあらわれを象徴するのがパンツなのだから。勿論、被災地応援と新人声優ユニットのプロデュースという看板を掲げているのに、声優と同じ名前のキャラクターに実在の学校制服を着せた上でこうした演出をやることの趣味の悪さに対する拒否感というものは当然あるだろうが。

 

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 確かに気の抜けたカットも見受けられるが、クライマックスの見せ場に見合った魅力的な作画も用意されている。『七人のアイドル』に限らず、WUGのステージシーンの魅力は静止画にするとさっぱり伝わらない。空間を意識した人物レイアウト、カットワーク、加えて本編中ではほとんど動かないカメラがステージの決定的な場面で大きく感情をあらわに動くという部分でカタルシスを生む、あくまで画作りをベースとしたものだからだろうか。

 ともかく、そもそも未だアイドルですらないWUGのステージが未完成で品がないのは当然で、このステージは単なる物語のスタートラインに過ぎない。だからここで見せる『タチアガレ!』には島田真夢の見せ場はないし、Cメロのソロパートも当然のように映像としては提示されない。『Wake Up, Girls!』は第一に島田真夢の再起の物語である。島田真夢が完璧に管理され計算され尽くしたアイドル・I-1 club、そこで夢を追い、見失い、追放された者である以上、彼女が新たに得た居場所・WUGは計算ではない、管理されない、あるがまま未完成であり続けることでアイドルの物語を紡ぐ姿が描かれる筈であり、その為には島田真夢による『タチアガレ!』ソロパート、ないしそれに匹敵する強度を持った島田真夢を中心とするステージ演出によってWUGは完結を迎えると推定したのだが、この予想は結果的に『Beyond the Bottom』が証明してくれた。

 

青春の影

 アイドルの祭典2014を『7 Girls War』で戦うWUGの姿が描かれたTVシリーズから一年、続篇『青春の影』は東京に進出しメジャーデビューを果したWUGが栄光と挫折を味わい、再起を決意するまでのストーリーだ。雑然としてしっくり来なかったTVシリーズが嘘のように、非常に丁寧で完成された映画である。

 『青春の影』ではプロデューサーの早坂がキーマンとなる。アイドル未満の存在であるWUGに興味を持ち、自らプロデュースを買って出た早坂だったが、WUGのメジャーデビューに際しては何故か無関心を決め込む。2ndシングル『素顔でKISS ME』が苦戦を強いられる中でメンバーたちが「もっとアイドルらしくあるべきでは」「メジャーのやり方がある」と考え、深夜番組で芸人に媚びを売る姿を見て、早坂は歯噛みする。

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 気まぐれで何を考えているかわからない自由人に見えた早坂が、誰よりもアイドルというものに夢を見て、WUGに型にはまった作り物ではないアイドルの姿を見ていたことがわかる印象的な場面だ。

 健気にCDの手売りを続けるWUGが辿り着いたのは観客のいない公園の小さなステージで、そこで彼女たちは「WUGらしさとは何なのか」という問いに突き当たる。

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 答えは出ない。しかし、林田藍里が『タチアガレ!』の一節を口ずさむ。「Wake Up! 眩しい日差し浴びて」それは輪唱となってステージに響き渡る。WUGの原点、制服で立ったあの冬の日のステージが胸を過ぎる。WUGらしさ、それが何かは未だわからない。だが自分たちにできるのは、自分たちが今やるべきことはあれなのだと、一人一人が気付き始めている。

 

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 そこに早坂が現れる。アイドルの祭典2015という新たな目標と、それを戦う為の武器を携えて。『少女交響曲』だ。

 エンドロールの中、誰も観客のいないステージで『少女交響曲』の初公演が行われる。暗転、イントロ、少し長めの暗転で焦れてきた抜群のタイミングで弦楽器が主旋律を奏で、一瞬だけ、WUGの再起を象徴する最初のステップが映し出される。

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ステージには光が満ちあふれ、これまでにない最高の作画で楽曲はサビの頂点を迎える。

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ありのままを出すのは とても勇気いるけど

やっぱ素直な自分見てほしい 君に届けたい

はじめての交響曲(シンフォニー)

 完璧だ。早坂は曲を持ってきただけなのにどうしていきなり振りまで完璧なのかとかそんなことは全くどうでもいい。ここで『少女交響曲』を見せなければ嘘なのだ。日が沈み、一本の街灯しかなかった筈のステージには光が満ちあふれなければならないのだ。ここまでの一時間じっと動かず観測者に徹していたカメラが抜群のカットワークと絡み合い明確な感情と意志を持って揺れ動く、完全に調和した最高のステージだ。

 

Beyond the Bottom

 非常に丁寧にストーリーラインを見せた『青春の影』に比べると、後篇『Beyond the Bottom』はかなり駆け足で無理のある構成だ。同じ一時間映画なのにやってる内容は三倍くらいあるし、前中後篇にしても良いくらいだと感じた。だがWUGという物語の大団円に相応しい熱量と説得力に満ちた映画であることも確かである。

 

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「私だけじゃなきゃダメっていう曲が歌いたいな」「アイドルってみんな同じに見られがちだからね」「でもアイドルってそれでいいんじゃないですか? 楽しそうにキャピキャピしてて、かわいい衣装着て、かわいい笑顔で、かわいい歌を歌っていれば」「そうかな」

 改めて「WUGらしさとは何か」という問いに突き当たる。島田真夢は「WUGはWUGである」と言った。林田藍里が語る「真摯であること、正直であること、一生懸命であること。」というWUGらしさ。I-1 clubという徹底的に計算され演出されたアイドルから追放された島田真夢が、真摯で、正直で、一生懸命なありのままの姿がWUGであるという答えに辿り着いたこと、それをもって『Wake Up, Girls!』という物語は大団円を迎える。

 

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 イントロの神秘的で厳かなコーラスを抜けて、主題歌『Beyond the Bottom』が島田真夢の歌声で幕を開ける。少し大袈裟にマイクの反響エフェクトがかかった島田真夢の歌声が流れた瞬間、『Wake Up, Girls!』という物語が正しい意味で完結を迎えられたという確信を得た。

 

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 アリーナの最上段では誰よりもアイドルに夢見る二人の男、白木と早坂がWUGのステージを見下ろしている。I-1 clubを作り上げ、岩崎志保にネクストストームを託した白木が、自ら追放した島田真夢が選んだWUGのステージを見下ろしている。三つのアイドルがそれぞれにそれぞれの色で人々に光を与える姿を見下ろしている。もしかしてこの状況を作るために今日まで準備してきたのかと問う早坂に、買いかぶりすぎだと白木は苦笑する。白木の表情はいつもと変わらないが、彼の背中は誰よりも満足げだ。アイドルは不況なんかに左右されない、全ての人々が夢を託す存在でなければならないと力説し、I-1 clubがその頂点で在り続けるために戦ってきた男が、自分の手の外で、別の色で人々に夢を与えるアイドルの姿を見て歓喜している。

 

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 ステージのクライマックス、「混沌となったこの自由から逃げ出そう」という詞に合わせて六人の姿がカットで繋がり、これまでさして動かなかったカメラが最後に高々と掲げられた手に付き従い、ズームアウトして島田真夢の姿を映し出す。『タチアガレ!』でも『7 Girls War』でも『少女交響曲』でも見られなかった、島田真夢の辿り着いた答えがここにある。たった数秒の映像に完璧に、一切余すところなく映し出されている。この一分足らずの『Beyond the Bottom』のステージには『Wake Up, Girls!』の未完成で在り続けるアイドルの物語を完結させるだけの説得力を持って迫るものがある。

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WUG、最ッ高~!

 

 露悪趣味が発揮された『七人のアイドル』、なんとも締まりの無いTVシリーズを経て、『青春の影』『Beyond the Bottom』はTVシリーズが駄目だったという人にも是非観てほしい、真摯で、正直で、一生懸命なアイドル映画だ。