第六の絶滅

Die Wahrheit ist irgendwo da draußen.

『放課後のプレアデス』と中島飛行機 ~ 悲劇の発動機「誉」

 GAINAXとスバルのコラボレーションという謎の企画から生まれた『放課後のプレアデス』。宇宙や時間を超える壮大なSF的世界観を下地に、小さな一歩を踏み出すボーイ・ミーツ・ガールを丁寧かつリリカルにやってのけた傑作アニメーションだ。

 この作品で最も印象に残っている台詞がある。

 

#10 「キラキラな夜」

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「この世界に可能性がないなら、過去からもう一度可能性を選び直せばいいんだ」

「駄目だ、エンジンは未来へ向かうためのものだ! 今の自分を否定すれば、魔法は、呪いに変わってしまう!」

「だって、否定するしかないじゃないか。僕のことを思ってくれる人なんて一人もいない。何もかも幻だったんだ。僕が初めて抱いた希望は、全て……」

 

 ところで、スバルこと富士重工業の前身企業は、前大戦で多くの日本軍機を開発した中島飛行機である。 

文庫 悲劇の発動機「誉」 (草思社文庫)

文庫 悲劇の発動機「誉」 (草思社文庫)

 

 前間孝則『悲劇の発動機「誉」』は、中島飛行機が世界最高水準を謳いながらも様々の原因でその真価を発揮することなく敗戦を迎えたエンジン「誉」の開発と運用にフォーカスし、歪な発展を遂げた日本の航空産業、組織の問題点を指摘した名著だ。

 物の面では我々は量に敗れたと云うが、努力の面に於て我々は量ではなく質に敗れたのである。近代文明国はすべて個人を要素とする組織の改善によって飛躍を遂げた。技術の進歩と其の実行の発揮も亦組織の良否によって大きく左右されるのである。
 組織活動の基本要素は個人の自由意思と良識とに基づく責任観念の確立である。
 残酷な迄に奮闘努力した技術者の業績が実行の面では支離滅裂となり、不合理な膨張が技術の劣化をもたらした素因は此の点の欠如にある。
 工業技術と云うものは、特にエンジンのような総合的な高度のものは育つのにひまのかかるものである。日本の航空産業は未熟のまま無理やりふくらませられてしまった。それが所詮アメリカに対抗出来なかったのは当然であり、無謀な拡張は逆に基礎の崩壊をまねいたのである。(中略)しかし発動機技術にたずさわった人々の心の中には苦しくはあっても伸びゆくものの希望をこめていたあの時代の夢が、たとえ一人よがりの後味の悪さのいくらかを残しているにしても、断ち難いあこがれの糸をつなぎ止めているのである。

――――P.501、永野治「航空機用原動機」からの孫引き

 「エンジンは未来へ向かうためのもの」という台詞を聞いたとき、思い出したのはこの箇所だ。

 航空という新たな分野で大空への夢を叶えるべく奮闘した技術者たちの努力は、より大きな国策という流れのもとで歪な形で結実し、それが逆に崩壊を生み、技術・産業の上でも敗戦という結果を招いた。彼らが作り上げたエンジンはやがて特攻という形で多くの若者を死へと導いた。戦後、航空メーカーは解体され、研究や開発までも禁じられたために日本の航空産業はほぼ壊滅した。かつての航空技術者たちは自動車など他の工業分野で活躍することとなる。中島飛行機を始め、航空メーカーを前身とする自動車メーカーは数多い。敗戦を味わった技術者たちが持っていた日本の航空産業に対する後悔や断ち難いあこがれといった思いが、やがて世界一位にまで登り詰めた自動車産業の礎となったことは確かだろう。

 可能性のない「いま」に絶望し、過去へ戻って「いま」を変えようとするみなとに、エルナトがかけたのがこの「エンジンは未来へ向かうためのものだ」という言葉だ。作中におけるエンジンは魔法の力の象徴のようなものだ。だが終わってしまった過去を、決まってしまった「いま」を変えるためのものではない。少年と少女はエンジンの力を借りて、自分で未来を選択し、小さな一歩を踏み出した。この言葉には、希望や夢、あこがれを原動力に突き進んでいたはずの航空産業が、いつの間にか多くの人々の命を奪い、敗北の象徴となってしまったことに対する後悔、そしてそれを糧に未来へ向かって発展を遂げた自動車産業への尊敬の念がこめられている気がしてならない。

 『放課後のプレアデス』は元はEyesightの広報アニメの製作依頼からスタートした企画だったそうだが、単なる企業広報(広報になっているかはともかくとして)に終わらず、技術・産業の歴史に対する強いリスペクトの上に成り立っている上質の青春SFアニメだったと思う。

 

放課後のプレアデス みなとの星宙

放課後のプレアデス みなとの星宙

 
「放課後のプレアデス」オリジナルサウンドトラック

「放課後のプレアデス」オリジナルサウンドトラック "むつらぼし"α