伊藤計劃 Project Itoh ハーモニー
珍しく公開初日に観に行った。
■最高のビジュアル
原作『ハーモニー』で描かれたのは“大災禍”と呼ばれる暗黒時代を経て構築された生命の保全を最優先とする世界で、ビジュアル的な描写はそこまで多くはない。
空港の周りからそれは広がる。吐き気を催させる有り様を結びながら。眼下に広がる、色彩の薄い立方体が群れて集まる住宅地。まるでモニタ上で増殖する人工生命の、ピクセル集合のよう。
権威的な空間や脅迫的な色を、細心の注意を払って取り除いてある空港のロビーを足早に横切る。赤紫の内装に、イエローのテーブル群がひときわ浮き上がって目を惹く。
これだけ天井が高くてこれだけだだっ広い空間だというのに、ここには少しも権力の匂いがしない。匂いがないのが生府流。巨大な建築空間というものは、ファッショの匂いを、モニュメンタルであらんとする権力の驕りを、どんなかたちであれ否応なくにじみ出させてしまうものだ。巨大な建築は人間を矮小化する。たとえそれが空港のような公共的な場所であっても同じこと。
だから、その匂いを完全に拭い去るには、ぞっとするような「優しさ」に関するテクノロジーが大量動員されているはず。そして、寄ってたかって権力臭を消そうとするその手つきが、わたしにはかなり気味が悪い。
というような描写を受けて劇場版『ハーモニー』が提示した世界観はこれだ。“血管の浮き出た怒張した男根” “裏返したオナホ”など話題を呼んだ。薄いピンク色を基調とする暖色系で優しく彩色された丸みを帯びたモノで構成される無機質な世界、というのが概ねの読者のイメージだったのではないかと思うが、《真綿で首を締めるような優しさで息詰まる世界》と言われて優しさに息詰まるというよりは見るからに吐き気を催しそうな彩りの父性主義をそのまま形にしたような男根ビル群を配置するという発想はなかった。なんだこれ。ライフフォースかR-TYPEかよ。
全体的に“流線型でシルバーのカッコ良すぎる未来”に男根を配置しただけで、半世紀前の未来のイメージから全く抜け出すことができておらず、文章を映像化する際に一番重要なビジュアル的な魅力を全く感じられないのが厳しい。
■百合成分マシマシにしておきました
いわく“百合成分マシマシ”な本作ではおじさんの考えた百合が次々と提示されるのだが、それによって男根ビル群はこの映画が『ハーモニー』を《父性社会 対 思春期の少女》という単純な構造に解釈しているというのを象徴していたことが明らかになっていく。
ミァハの生府社会への憎悪というのは確かに存在する筈の自分自身が社会によって言語化されそうあるべきものとして類型化されてしまうことに向けられたものだったと思ったんだけど、ミァハがトァンの乳を揉んだとか太腿スリスリしただとか、そういった直接に性的なシチュエーションを用いて語られることで「父性社会に監視されていること」に向けられたもののように描かれてしまっていて、別にセックスは百合じゃないとかそういう弱いオタクのようなことを言うつもりはないが、無理に男根主義と少女同性愛の対立構造に持っていった上に百合成分マシマシにした結果がセックスですか~~~~~~~そうにゃんか~~~~~~~おじさんの百合はおっぱい揉んで太腿スリスリにゃんか~~~~~~~~~~~~そのわりには作中で最もセクシャルであるはずのトァンとキアンの会食が、3DCGIを使った時に必ずやりたくなってしまう不治の病なのではないかと最近疑っている、ひたすらカメラをぐるぐる回すだけの退屈極まりない画面になっていたり、キアンの自害がちっとも性的でなかったり、肝心要の部分をことごとく外していて、この映画自体が完璧に男根主義に支配されてるような印象も受ける。
とはいえ部分部分で見るべきところはあって、バグダッドの外の世界の情景だとか、クライマックスのバンカーの雰囲気はなかなか良かった*2し、冒頭のカーチェイスっぽいやつはまあまあ迫力があり、以下のような文脈で笑える面もあった。
劇場版ハーモニー、とりあえず冒頭トァンがRPG撃つ場面で「ハッピーセットにハーモニーが登場した時に立体化される背中のボタンを押すとロケットを発射するトァンだ!」と一人でテンションが上がってゲラゲラ笑えたので元は取りました。
— はたらくキツネ (@foxnumber6) 2015, 11月 13
キャスティングは上田麗奈演じるミァハがもうこれ以上ないというくらいに完璧で、ミァハとキアンにとっての教祖としての説得力は十二分にあり、クライマックスのトァンとミァハの再会シークエンスは結構ゾクゾクする映像になっていた。ただ、本来、父とキアンの復讐だったり、ミァハへの憧憬だったり、一つになりたいという願望だったり、そういったものがすべてないまぜになった複雑な感情が生んだ決定的な場面が、百合成分マシマシによって「愛情」という文脈に回収されてしまうあたりで激しい脱力感に襲われ、しかしハーモニープログラムが起動されたところで圧倒的なnice boat.の奔流が押し寄せ、観客の感情は完全な「調和」に達し、この映画、このプロジェクト自体がハーモニープログラムだったという完璧なオチにはただただ脱帽の一言である。
■殺戮本能を呼び覚ますこの言葉に、君は抗えるか
まとめると「映像化してんのに視覚的な魅力がまるでない」に尽きる。作画もあまり見どころがないし、CGと手描きの使い分けでその時その時のキャラクターの立ち位置や感情を表現していたようだけど、あまりうまくいっていないようにも見える。原作読者にはなんでこうなったと盛り上がれる面もあるかもしれないが、原作未読ではあまりにも退屈ではなかろうか。これで百合だ~~~~~~~~~~~~~と盛り上がるにも厳しい感じがある。いや、盛り上がる界隈もあるのかもしれないが……。
プロジェクトの残弾は新スタジオを設立して制作を引き継ぐらしい『虐殺器官』の公開が来年だか再来年に控えるのみとなったが、これもまた
殺戮本能を呼び覚ますこの言葉に、君は抗えるか
というピントのズレまくったキャッチコピーがなんとも言えない気持ちにさせられる。ガンダムSEEDの次回予告か?
それではプロジェクトのスローガンとともにお別れです。皆さんさようなら。
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*1:傑作。ハーモニー - 人気コミックが無料で読める!コミックNewtype | WebNewtype
*2:良かっただけに日本の男根ビル群の貧困なイメージが際立つ。