よみがえる空 『最後の仕事』の演出
『艦これ -艦隊これくしょん』の放送当時、『ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~』を同列に扱う物言いが散見されたため、いや『新たなる行軍歌』の壬生屋の死は唐突でも無駄でもなく物語を形作る上で完璧に機能していただろうが、という主旨の記事を書こうと思っていたのだが、気付いたら『よみがえる空 -RESCUE WINGS-』を延々観続けていた。
『よみがえる空 -RESCUE WINGS-』は2006年に放送されたオリジナル作品。J.C.STAFF制作、監督:桜美かつし、シリーズ構成・脚本:髙山文彦、各話脚本に水上清資と、基幹スタッフは『新たなる行軍歌』と同じ布陣。プロデューサーは最近では『ガールズ&パンツァー』でヒットを飛ばした杉山潔。
戦闘機パイロットを志望していたが希望が叶わずヘリパイロットとして航空救難隊に配属された航空自衛官・内田一宏が、レスキューの現実に直面し、日々の訓練や任務の中で成長していく……というストーリーで、実際に航空自衛隊協力のもとで綿密な取材を行い、それほど知名度のある部隊ではない救難隊の仕事をリアリティある描写で映し出した作品として高く評価されている(と思う)。
#3「苦しい仕事」、#6-7「Blight Side of Life」、#12「レスキュー」など、紐解きたい回は山ほどあるが、今回はTV未放送の番外編 #13「最後の仕事」を取り上げる。新人パイロットの内田が主役の本編から時を二年遡り、本編では総括班の事務方だった本村准尉が救難員を引退するまでの半月あまりを描いた、かなり渋い回だ。
#13「最後の仕事」(脚本:水上清資 絵コンテ・演出:大畑清隆)
本村家の朝から本編は始まる。
玄関(雪の積もった自転車がとても良い)
ちゃぶ台の前に座って新聞を読む本村の背中
時計が7時を指しボーンボーンと時報を鳴らす。
台所の片付けをする妻の後ろを抜けて玄関へ
玄関前で屈伸の準備運動をする本村
水仕事を切り上げて夫の見送りに玄関へ向かう妻
「ピッ」時計をストップウォッチに切り替える。
「そいじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ストップウォッチをスタートさせて走りだす本村
妻は家へ戻り、カレンダーの今日の日付に斜線を入れ、
カレンダーを見つめる。
本村は自宅から小松基地までを走り営門を抜ける。
隊舎の前で立ち止まりストップウォッチを止め、
そのタイムを見つめる。
リセット。
「最後の仕事」
時間にして僅か2分の導入だが、自衛官とその妻の日常的な朝がものすごい密度で描写される。夫婦が交わす言葉が「そいじゃ、行ってくる」「行ってらっしゃい」だけというのも実に生活感がある。
この日はかつて教え子だった鈴木という新人救難員が本村の部隊に配属されて来た。「ご一緒できて嬉しいです。ビシビシ鍛えてください」と若さを漲らせる彼を見て、本村は何やら複雑な表情だ。
勤務を終えた本村は朝来た道を同じように走って家まで帰る。
ここでもまたタイムを見つめる。
リセット。
夕食を用意して待っている妻(娘と電話している)
「ただいまー」
「おかえりなさい」夫の無事な背中を確認して、
朝とは逆の斜線をカレンダーに入れる。
二度目のストップウォッチ、そしてカレンダーの斜線で、本村が体力に衰えを感じつつあることと、救難員という死と隣り合わせの仕事に従事する夫を家で待つ妻の心境が対比して描かれている。
カレンダーの斜線は、朝見送る度に「今日は帰ってこないんじゃないか」と不安になり、夫が帰ってくる度に「今日は無事帰ってきてくれた」と確認し安堵する、という妻の感情のあらわれだ。勿論こんなものは書き込まない方が「夫の殉職」を意識する機会が少なくなりそうなものだが、それをせずにはいられないのだろう。#6-7「Blight Side of Life」では実際に戦闘機パイロットである夫の遭難を報される妻という最悪の事態が描かれていたが、本村の妻がカレンダーに書き込むバツは自衛官を始めあらゆる危険な職業の夫を待つ妻たちの気持ちを代弁している。
「お風呂の後はご飯にします? ビールにします?」
「ビールにしよう」
「礼服、陰干ししときましたから……」
(おりんを鳴らす音)
「ああ、夏美はどうした」
「お友達がお別れ会を開いてくれてるんですって」
「ふうん……」
週末には娘の結婚式だ。
本村家のテーブルには「本村翔太様」という名札の空席が。
翔太は本村の息子だった。
結婚式の帰り、本郷に救難を引退しようと考えていることを打ち明ける本村。
コチコチという時計の音だけが響く中、家族の思い出を写真で振り返る二人。
本村の千歳時代の写真がオコタンペ湖でのレジャーというのがよく地理を考慮しているなと感心。
どこかを見上げて本村が一言、「小松に、墓を買うか」とつぶやく。
なんとも取れない表情で夫を見つめる無言の妻。
本村が見上げた先には息子の遺影、骨箱があった。
転勤族の公務員である自衛官にとって墓を買うということは、現場を引退しその地に骨を埋める覚悟を決めるということだ。この場面の台詞は「小松に、墓を買うか」だけしかないが、たったこれだけで自衛官という職業ゆえに死んだ息子の墓を買ってやれていなかった本村家の状況、その本村が引退を決意するに到った心境の変化を提示しきっているこの表現力!
ここで一番最初のカットを振り返る。玄関横に置かれている2台の自転車、一つは普通のママチャリだが、奥のフェンダーが付いたMTBっぽい自転車は明らかに男子向けの装い、つまり息子のものだったということがわかる。最高。こういう部分に人間が宿っていく。
本村は2月いっぱいで引退と決まった。
コチコチと時計の音。
「翔太はあなたのことを誇りに思っていたから残念がるでしょうが……私はほっとしています」と夫の引退に対して正直な心境を述べる妻。
それを複雑な表情で受け止める本村。
「まだ出動があるかもしれない」
そうこうしているうちに本村の現場勤務最終日を迎える。
入れ替わりに辞めることを恨んでいるかと鈴木に問う本村。
一人前になるまで見ていてくれと頼む鈴木。
それを受けてどこか安心したような本村。
いつもの帰宅時間を過ぎても帰らぬ本村を待つ妻。とても心配そうだ。
「ただいま」という夫の声を聞いて真っ先にカレンダーに線を書き込む。
しかし一人の時にはそんな心配そうな様子を見せていた妻も、夫との会話では
「出動あったんですか?」
「ああ、フェリーで子供が病気になってな」
「まあ、大丈夫だったんですか?」
「ああ」
「先にお風呂にします? ご飯にします?」
と実にあっさりしていて、人間の息遣いが感じられる非常に良い雰囲気が出ている。
無事、救難員を引退し総括班へ異動となった本村。
部下たちが「子供からの手紙を読んだ本村が泣いていたのではないか」と噂している。
救助した子供からの手紙を読む本村の背中。
救難員だった頃とは違って、背広で、歩いて営門を抜ける。
これがこれからの本村の日常だ。
子供からの手紙にフォーカスし、本村が泣いていた理由がわかる。
「しょうた」
彼が最後に助けた子供は死んだ息子と同じ名前だったのだ。
本村の息子の死については劇中で何ひとつ語られない。本村が息子の死をどう受け止めていたのかも一切語られない。しかし最後の仕事を終えた本村がこの一通の手紙を読んで涙した(と思われる)、ただそれだけのことで物語が浮かび上がってくる。これ。
息子の墓参りをする本村夫妻。
真っ白なカレンダー。もう毎日夫の帰りを心配する必要はなくなった。
いつもの朝の風景の中、本村が外へ向かう。
孫を連れた娘がやってきた。
初孫を抱いてでれでれする夫を見て驚いたような安心したような表情の妻。
若者を見守り、時に助けるのがこれからの本村の仕事だ。
……という感じで完全に最初から最後までネタバレになったが、一人の救難員が現役を退くまでの心の機微、家族、背景などを非常に抑制の効いた演出でもって言葉少なにかつ雄弁に魅せてくれることがわかっていただけただろう。カレンダーという小道具を通じて描かれる危険な仕事に従事する夫を持つ妻の心境、中年夫婦のきわめてリアルな会話の空気感、そして一通の手紙が生んだ小さなドラマ、どこを取っても地味ではあるが、非常に高い完成度を持った一本に仕上がっている。『よみがえる空』は成長と再起を描いた物語だが、この『最後の仕事』はその末に待ち受ける引退の物語だ。これがあることでよりシリーズに深みを与えることにも繋がっていて、きわめて優れた構成だと思う。
コンテ・演出は流石の大畑清隆。脚本の水上清資は『新たなる行軍歌』とか『青い花』『魔乳秘剣帖』にも参加していたので高山文彦と繋がりがあるのかなーと思ってるんだけど、どうなんだろう。
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